Voyager
#01

書くことと描くこと。
表現という海を泳ぐアーティスト岡西佑奈

岡西佑奈|書道家

幼少期に書道をはじめ、女優経験を積んだ後、ふたたび書の道へと戻ってきた岡西佑奈さん。自然界の「曲線」を探究しながら、書家としてアーティストとして国内外で高い評価を受けています。作品『潮』の中国天津美術館収蔵、世界遺産東大寺への奉納、初作品集『線の美』の刊行など、近年その存在感は大きくなるばかり。そんな岡西さんに、人生を豊かにするための方法をお聞きしました。

女優から書道家へ。表現の場を変えたきっかけ。

書道家・アーティストという肩書きは、どこか遠い存在のように感じられます。でも、私たちは小学校の授業で習字に触れていますし、中には書道を習っていた人もいるのではないでしょうか。 もしあのまま続けていたら、自分の進む道も違っていたかもしれない。早くから自分で道を見つけて進む人に憧れを抱いてしまいがちですが、岡西さんもまた人生に悩み、紆余曲折を経て書道家・アーティストという道を志したそうです。

岡西佑奈「らしく」

「水泳やテニスなども習いましたが、最後まで続いたのが書道でした。始めた頃はお友達に会いに行くような感覚で、教室終わりにみんなで遊ぶのが楽しかった思い出があります。そのうち、白い紙に黒い墨がのる感覚、曲線の美しさへと興味が生まれていきました。中学になると、級や段を昇格していく楽しさ、褒め上手な先生のおかげで続けることができたんです。書自体の美しさに魅かれたのは、高校に入ってからです」 目標ができると猪突猛進するタイプと穏やかに語る岡西さんは、高校在学中に師範免許(文化書道学会)を取得。ですが、師範取得して間もなく先生が亡くなるという不幸があり、書道の道具を押し入れへ仕舞ってしまいます。その後に目指したのは女優という道でした。 「両親が芸能関係だったこともあり、馴染みのある世界ではあったんです。進路を考えるうえで悩んだのは、昔から大好きだったサメの研究者、女優、書道家の3つでした。でも、書道家は書道教室のイメージが強かったので、候補のなかでは一番下だったんです」 そんな折、蜷川幸雄さん演出の『マグベス』を観劇。大竹しのぶさんの演技に魅了されたことから女優を目指すことになったそうです。 「私は内向的な性格で、それがコンプレックスでもあったんです。でも、舞台上の大竹しのぶさんは大声で怒り、泣き叫び、転げ回っていた。そんな姿に感動し、私も舞台の上で自由に表現してみたいと思ったんです」 演劇専攻の短大へと進み、着実に女優への階段を歩んでいく岡西さん。ただ、演技の世界に充足感があった一方で、コミュニケーションに悩みを抱えていたと言います。内向的な性格が足かせとなってしまったのです。 「このまま女優を続けるか迷っていた時に、母の友人が私の古い書を見て、“うまいわね、もうやっていないの? やればいいのに”と言ってくれたんです。いま思えば、その言葉をずっと待っていたのかもしれません」 その夜、押し入れから道具を引っ張り出し、筆に墨をつけ、白い紙を前に無心で朝まで書き続けた――それは、雷に打たれたような感覚だったそうです。

「私はこれをやりたかったんだ! という気持ちが溢れ出しました。舞台の上で泣き叫んだり、大声で喋るのと同じことができるんだって。書道家として生きることを決めたのはそのときです」

岡西佑奈「ゆらぎ」

岡西佑奈「瞬」

想像がインスピレーションの源泉になる

女優と書道。ともに体を使って表現するものではあるものの、その向き合い方は違います。書道は自分を取りまくものとの対話を重視していると岡西さんは言います。

「書道は人とのコミュニケーションというよりも、どちらかと言えば道具とのコミュニケーションが大事。また、インスピレーションを沸かせるためにひとりで出かけたり、自然や美しいものを見たりーー。それらは自分が求めていたライフスタイルでもありました」

心地良いライフスタイルを手にした岡西さんは、のびのびと泳ぐようにして表現の場を水墨画へも広げます。水墨画の師匠である関澤玉誠先生との出会いは、「水墨画もやってみたい」という岡西さんの純粋な気持ちが呼んだ縁だったとか。 筆を取って描くこと、という軸を固めた岡西さんの作品には書道と水墨画の境界線を越えるようなものもあります。既存のものにとらわれないクリエイティブを生み出すために心がけていることを聞いてみました。

岡西佑奈「青曲」「紅畝」

「東京生まれ東京育ちですが、自然のなかで森林浴をしたり、波の音や海の近くの空気を感じると、クリエイティブな気分が生まれくるんです。そういったものを求め、旅をすることが大好きなのですが、コロナ禍で難しくなってしまいました。それもあって、家は植物で埋め尽くされています(笑)。また、アンティーク好きでショップを巡るのも気分転換のひとつ。店員さんから、“これは17世紀の鏡です”などと言われると、どんな人が使っていたのだろう、どんなドレスを映し出していたのだろうと、インスピレーションが湧いてくるんです。このリングも祖母が祖父からプレゼントされたもので、母が譲り受け、いま私が身につけている。そういうストーリーが創作に繋がることもあります」

本当に必要なものは自分自身の中で眠っている

書の世界に戻ってから7年後、永平寺で禅修行もおこなったと言います。

「現代社会は、良い意味でも悪い意味でもせわしないですよね。何かをやりながら次のことを考えていたり、集中して向き合うことが難しい。そもそも、そんなことができている人がいるのだろうか? と考えていたとき、書店で『今ここをどう生きるか―仏教と出会う』という本を見つけたんです。禅と千日回峰行のふたりのお坊さんによる対談本。そこから興味を持って、福井県の永平寺に行ったんです」

以来、ほぼ毎日。作品に取り組む際には必ず座禅を組んでいるそうです。座禅をすることで騒々しい東京の雰囲気や雑念を払い、集中することが出来る。 それは古くからある精神統一方法の一つで今後も受け継がれていくものですが、一方で大きな時代の変化も生まれています。アナログからデジタルへと移り変わり、無数の情報に触れられるようになった代わりに、どんなものを取り入れるべきなのかを考えなければならない。そんなバランス感覚が問われる時代でもあります。岡西さんはどのように取捨選択をおこなっているのでしょうか。

岡西佑奈「知足」

「禅の言葉である“知足”(足を知る)はよく書く題材のひとつです。本当に必要なものは何なのか、しっかりと自分で選択できる状態でいることが大事だと思っています。これひとつあれば便利で使い勝手がいい、ストーリー性がある。そういったものを見極めるようにしています」 岡西さんが見せてくれた「知足」という作品は、完成までに何度も書き捨てたそうです。自分が描きたいものに近づけず、何枚も書き捨てて、床に丸まった和紙。不要として切り捨てたその和紙を筆の代わりにして「知足」がうまれました。言葉が持つ意味と作品が調和した瞬間です。 「自分にとって何が大事なのかを見つける作業は、意外にも幼少期の記憶がヒントになるんです。昔の写真を見て、何が好きだったのかを呼び起こすこともします。私の場合はサメですね(笑)。それが『青曲』という作品になり、世に放たれ、海外にまで渡っていきました。ありがたく、素敵なことだと感じています」

自分にとって本当に必要なモノやコト。そうしたものを見出したいと思っても、たどりつくのが難しいこともあります。どんなことを心がければいいのか、岡西さんが話してくれました。 「ひとりの時間を見つけることだと思います。私は自分のなかにもうひとりの自分がいると思っていて、もうひとりの自分に語りかけるんです。つまり、客観的に自分を見るということ。そのためには、自分がリラックスできる場所と時間を見つけることが大事だと思います。SNSを遮断して、心地よい時間をただ満喫する。夕焼けをぼーっと眺める、好きなカフェで好きな音楽を聴きながら過ごす、人それぞれ何でもいいと思うんです」 慌ただしく流れていく時間を一度堰き止め、自分と向き合う。それは座禅と近い感覚かもしれません。たとえわずかでも、自分にとって大好きな時間を過ごすことが、自分の人生をよりよく描くためのRe・Designのヒントになりそうです。

最後に岡西さんにとってのRe・Designについて、お伺いしました。

「書道だから見てくれる人。書道だから見てくれない人って、いらっしゃると思うんです。それは水墨画でも同じ。私は、作品を通して光を届けたいんです。今は社会情勢や人々の価値観が、目が回りそうになるくらい変化を続けています。どこに向かったらいいのかわからない。そんな目に見えない不安を抱える人たちにとって、私の作品が前向きになれるきっかけにしたいと考えています。今より多くの人に見てもらうために形にはこだわらず、書道と水墨画の狭間を泳ぐように作品を創っていきたいですね。」

Profile

岡西佑奈|書道家

幼い頃から白い紙に滲み広がる墨の黒さ “モノクローム”の世界に惹かれ 6歳から書を始め、栃木春光に師事。書家として文字に命を吹き込み、 独自のリズム感や心象を表現し、国内外で多数受賞。 近年では、書のみならず、墨象や絵画も手掛け国内外で個展を展開。 絵画のような独自のライブパフォーマンスでも注目され多方面で 国際的な活動をみせる。 2019年に初の作品集「線の美」(青幻舎)を刊行。

https://okanishi-yuuna.com/

instagram: @yuunaokanishi

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