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清水恵介|クリエイティブディレクター/アートディレクター
清水恵介|クリエイティブディレクター/アートディレクター
インディーズ音楽から始まり、デザインを含むその周辺のカルチャーに魅了された清水さん。アーティスト、デザイナー、クリエイティブディレクターとステージを変えながら、独自の色を持つコンテンツを次々と生み出しています。
後編では『おかえり音楽室』からお話いただきました。
※前編はこちらから。
『おかえり音楽室』は、アーティストの故郷を本人と共にめぐる音楽ドキュメンタリー番組。多感な学生時代の思い出を振り返りながら、最後には母校でパフォーマンスを行うというフォーマットで制作されています。
「『おかえり音楽室』は、アーティストゆかりの土地を辿りますが、それは彼らのルーツを知る旅でもあります。たとえば、『新しい学校のリーダーズ』のSUZUKAさん。彼女は大阪府出身で、吉本新喜劇が身近にありました。そして、幼い彼女の心を動かしたのがビヨンセだったそうです。それを聞いた時、すごい腑に落ちたんですよね。この土地で生まれ育ったから、こんなに魅力的なアーティストが生まれたんだって。生まれが違っていたら、SUZUKAにはならなかったかもしれない」
どんなカルチャーに影響を受けて、アーティストは生まれていくのか。アーティストのルーツを辿るという考え方自体は昔からあります。ですが、ただの音楽番組で終わらないように、『おかえり音楽室』にも清水さんらしいスパイスが加えられています。
「アーティストとの横に並んで喋っている。そんな生っぽいイメージを出すために、ハンディカメラ一台で撮影しています。番組の流れも僕たち製作スタッフは把握していますが、アーティストには一切知らせていません。彼らが昔馴染みの街を歩いている時に突然、級友や恩師が現れる。そうすると、作りこまれていないフレッシュな反応を引き出せるんです。アーティストからは“清水さんはSですね”なんて言われたりもしますが笑、大切にしているのは予定調和にしないことなんですよね」
行く先々で出会うものに心を動かされる感覚。それは旅先で私たちが出会う体験そのもので、そういった旅情を生み出すことも目的しているのだと清水さんは言います。
そして、その旅情を膨らませるのが『おかえり音楽室』の独特な映像です。動画を見ているはずなのに、一枚の美しい写真を見ているような感覚があるのです。
「たとえば、海の中にアーティストがいきなり靴のまま入ったら、ためらわず一緒に海に足を踏み入れる。その瞬間にしか取れない一回性を大事に撮影するカメラマン林大智さんと組んでいます。予定調和を作らない番組なので、アーティストもスタッフも全員体当たり。だからこそ、その人の本質がさらけ出されると思いますし、その本質が見えた時に音楽と繋がる。それってすごく魅力的な瞬間ですよね」
肌感覚を大事に、従来の枠組みを捉え直してクリエイティブを続ける清水さん。その姿勢は、幼き日の清水さんが出会った『たま』のような自由さがあるようにも感じます。
そんな清水さんが次に選んだのは、これまでとは大きく異なるリアルな場への挑戦。それが神楽坂に2023年7月にオープンしたギャラリー『SHABA』です。
写真集『Mokusha』。『SHABA』のこけら落としとなる展示会で販売された。表紙はエコデニムを採用。印刷はサンエムカラーで、製本はもちろんのこと、望月製本所。他にも製本所ならではのこだわりが詰まった写真集を販売している。
花街の名残があり、観光スポットとして親しまれている神楽坂。情緒ある街並みをわき目に裏路地へ入っていくと、まったく別の顔が見えてきます。洒脱な建物の数が減り、年季の入ったビルが立ち並ぶ中、ぽつぽつと見えてくるのは、製本所や印刷所。神楽坂は出版の街としての顔も持ち合わせているのです。
そんな神楽坂に会社を構える望月製本所のオーナー江本昭司さんと、サンエムカラーのプリントディレクター篠澤篤史さんから声がかかり始めたのが、『SHABA』です。
「今はインターネットやSNSで色々な作品を見知った気にはなれますが、それは本当に“見る”という体験とは少し違う気がします。じゃあ、“見る”ってなんだろうって考えた時に、それは視覚だけではなく“五感で”体験すること。本でいえば、手触りや匂いやページをめくる音。写真であれば、現像された写真の質感。そして、作家の声を聞くこと。そんな“五感で見る”体験をしてもらうために『SHABA』は生まれました。なので展示だけではなく、本を必ず同時につくっているんです」
『SHABA』の名前の由来は“写場(しゃじょう)”という言葉から来ています。“写場”とは文字通り、写真を撮るための場のこと。由緒あるホテルには家族写真を撮影するための“写場”が今も残っているそうです。
「『SHABA』は僕がクリエイティブディレクターで、ディレクターは『THE FIRST TAKE』でタッグを組んでいる写真家の長山一樹さんにお願いしています。彼が仕事先で“写場”という言葉を見つけてきたことから、コンセプトが固まっていきました。先ほども言った“見る”という概念と通ずるのですが、“写す”という言葉を捉え直した時に、それは“世界の見え方を写す”ことだよねってなったんです。文章でも映像でも、自分が見えている世界を“写す”ことこそが表現です。そうしてアーティストたちが映したものを、ここで“見る”。そういう“場”なんです」
『SHABA』の最初の展示は、木工家の小山剛さんの制作風景を長山さんがひたすら追い続けた『木写』。プライベートワークに近く、商業色はまったくありません。だからこそ、アーティストたちのパーソナリティが色濃く見え、そんな距離の近さに魅了され、会期中に何度も足を運ぶ方もいるのだとか。
「目に見えてわかりやすいことを『SHABA』ではしたくないと思っていて。デジタルが発達したことで、数値は可視化しやすくなりました。でもそこには大きな弊害もあって、数値が少ないイコール価値のない情報なんだっていう無意識のフィルターが生まれてしまっています。でも、たとえ再生回数が少なくとも、誰かの心に刺さるコンテンツはあるはず。だからこの『SHABA』では、個人的であればあるほど歓迎というか。数値主義社会では取り上げられないものに光をあてていきたいんです」
写真集『GRIDE SCAPE』。掲載されているのは、写真家の高木康行さんが長年撮りためてきた都市の建築物。現存の建築物でありながらも隔世間のある不思議な写真が多い。
デジタルからリアルまで。コンテンツの見せ方を捉えなおすことで、リデザインを続けてきた清水さん。それは絶え間ない挑戦を仕事にしているにも等しい行為ですが、だからこそやりがいがあるのだと清水さんは言います。
「YouTubeコンテンツを作ったり、テレビ番組を作ったり、ギャラリーをディレクションしてみたり。外から見るとバラバラに見えるかもしれませんが、僕としてはすべて同じ想いでやっています。だから、どんなジャンルにもチャレンジしていきたいです。今恐れているのは、安定したものを求めた結果、飽きてしまうこと。飽きた瞬間に、人の心を動かすための魔法のような感覚を失ってしまう。どんなコンテンツであれ、自分が面白いと思うことを信じて興奮していないと、マジックは起こせない。だからこそ、まだやったことのない映画のように未知のジャンルに挑んでみたいですね」
予定調和を良しとせず、予期せぬものにこそ価値を見出す。その考えは、これまで清水さんが手掛けてきた様々なコンテンツに投影されています。
最後に、人生をリデザインするためのヒントについてお話しいただきました。
「人生って、自分を育てるシミュレーションゲームみたいだなって思いませんか?どこに行って、どんな人と出会うか、どんなものを買うのか。その選択の一つ一つが人生に影響を及ぼします。たとえば、僕はもともとインタビューが苦手でした。でも、やってみたら面白いし、気づきがある。そんな風に時には自分に負荷を与える選択肢も選んでいくと、想像もしないことが起きていく。選択の基準は、未来の自分を想像すること。今は興味がないことでも、10年後20年後は興味を持つかもしれませんよね。僕自身の話で言えば、今の関心は“人の心を動かすポイント”を探ること。でも将来的にはなんとなく、自然の美しさとか詫びさびとか、そういう方向にもっともっと近づいて行く予感がするんです。だから、その時が来たら迷わずに選択します。自分の価値観が変わっていくことも想像しながら、直観に従う。それが、僕なりの人生をリデザインするためのヒントです」
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清水恵介|クリエイティブディレクター/アートディレクター
1980年生まれ。クリエイティブディレクター/アートディレクター。Netflix Japan、UNIQLO、SHISEIDO、UNITED ARROWS、NISSAN、AIG、MUJIなど、数多くのキャンペーンやコンテンツを手がける。’19年YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」、’22年NHKの音楽ドキュメンタリー「おかえり音楽室」の企画・クリエイティブディレクション・アートディレクション・映像監督を担当。クリエイターオブザイヤー’18メダリスト、Campaign誌クリエイティブパーソンオブザイヤー’19、カンヌ金賞、NYADCグランプリ、ACCグランプリなど受賞多数。