Voyager
#08

生ジョッキ缶・UPCYCLE Bの仕掛け人、
古原徹が目指す未来

古原 徹|アサヒユウアス株式会社/たのしさユニットリーダー

2021年にアサヒビールから登場した『生ジョッキ缶』は、それまでの缶ビールの概念を大きく変えるものでした。ヒット商品に追随するのがあらゆる生産業の慣習ではありますが、生ジョッキ缶は未だ類似品が登場せず、独自のポジションを確立しています。
そんな生ジョッキ缶の開発者・古原徹さんが今手掛けているのは、廃材をタンブラーにアップサイクルした『森のタンブラー』や、廃棄コーヒー豆やパン耳を活用した『サステナブルクラフトビール』シリーズ、廃棄ビールジョッキ(ガラス)を津軽びいどろに生まれ変わらせた『UPCYCLE B タンブラー 津軽びいどろ』など、不要とされたものを新しく生まれ変わらせるプロジェクト。これまでの「当たり前」を見直し、次々と新しい試みを仕掛ける古原さんが目指しているものは何なのでしょうか。ビール業界の革命児の頭の中を覗いてみました。

大ヒット商品、『生ジョッキ缶』。そのはじまりは、二つの技術の“偶然の結合”だった

『生ジョッキ缶』はその名の通り、缶ビールでありながらお店で飲む生 ビールのような美味しさを楽しめるように開発された商品です。丸ごと外せる缶のフタ。フタを取り外すと、もこもこと湧き上がってくるビールの泡。そして、その味わいは生ジョッキに限りなく近い完成度。缶ビールの概念を大きく変える、まさにエポックメイキングな商品でした。 

古原さんがどのように発想し、実現に向けて動いていったのか、お話いただきました。 

「新卒でアサヒビールに入社しまして、すぐにグループ会社であるアサヒ飲料に出向しました。そこではペットボトルのパッケージの仕事をずっとやっていたんですね。仕事が一区切りついてアサヒビールのパッケージング研究所に戻ってきて、今度はこっちでパッケージ開発をするぞ!ってなったときに気づいたんです。お酒の容器にはイノベイティブなものがないな、と」 

たとえばペットボトルには手で絞って小さくして捨てられるものや、ラベルレス商品など、工夫をこらされたものがいくつかあります。お酒業界のパッケージは紙、瓶、缶などがありますが、革新的なものはありません。 

容器包装が価値になるような商品が作れないかという想いから、古原さんはいくつかのパッケージを試作していくことになります。 

「『生ジョッキ缶』の特徴の一つがフタですが、海外でも同じようにフタをすべて取り外せるものがあるんです。とはいえ、泡が出るような工夫はされていませんし、飲んでみると切り口が痛い(笑)。これだけだと厳しいと感じていた時に、メーカーさんから「泡がモコモコ出てくるエラー品」が出来てしまったという笑い話をお聞きしたんですね。この二つの技術を掛け合わせたら、面白いものが出来る。この時点で確信にも似た感覚があったのですが、話だけでは理解を得られないと思い、研究所のみんなにフルオープンのフタから体験してもらったんです。ハンドメイドで無理やり既存の缶ビールのふたを缶切りで切ったものだから、やっぱり口は痛い(笑)。痛いんだけど、ゴクゴク飲めるようになっていい、とすごく反応が良かったんですよ。じゃあ、せっかくだから「泡がモコモコ出てくる」エラー品を活用して缶自体も開発しちゃいましょう…と、こんな風に出来上がっていったんです」 

『生ジョッキ缶』は、最初からなにかはっきりとしたゴールがあったわけではなく、偶然がどんどん積み重なって出来上がり、大ヒット商品になったんです。そう語る古原さんからは偶然をチャンスに変える力、アイデアを具現化するために周りを巻き込むたくましさを感じます。そんな古原さんの原点についてお伺いしました。 

人を喜ばせたい。価値を提供したいという気持ちが原動力に

「好奇心旺盛な子どもでしたね。小・中学校では実験や工作が好きで、段ボールで工作して遊んでいました。高校は部活と文化祭に熱中。文化祭は前の年を踏襲するだけだと面白くないから、新しいことをやろう!と企画作りをしていました。大学時代はスノーモービルとサーフィンのサークルを立ち上げまして、これがすごく楽しかったんですよ。正直授業や研究は最低限で、サークルにばっかり顔を出していました(笑)。最終的にはサークルメンバーが120人ぐらいまで増えて、今でもそのサークルは残っています。0を1の形にするのが好きなんでしょうね」 

周りを巻き込みながら、新しい発想を形にしていく。学生時代から変わらない好奇心と実行力を持った古原さんが現在所属するのは、アサヒユウアスというグループ会社。『「たのしさ・おいしさ・ここちよさ」がめぐる未来を、あなたと私たちで共創する。』をメッセージとして掲げる、新機軸の会社です。 

「僕の根幹には、新しいことをやって人を喜ばせたい、価値を提供したいという想いがあります。今後、何を価値にしていくのかと考えていった時に、会社の利益という枠に留まるのではなくて、社会の益になるようなことをしたいと思ったんですね。僕には息子がいるのですが、子どもが大きくなった時に、「お父さん、すごくいいことやってるよね!」って言ってもらえる道がいいなと」 

そこで古原さんが関心を寄せたのが、SDGsです。 

不要とされるものをリデザインする。アサヒユウアスとパートナー企業の共創

「アサヒビールが東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 のスポンサーになったので、過去の大会を見返してみたんです。すると、リオ大会でもロンドン大会でも、サステナビリティが大きなテーマになっていました。五輪をきっかけに街が変わったという話を耳にして、東京もこういう風にしたい、スポンサーとしてなにかやりたいと思ったんです。そこで生まれたのがパナソニックさんと共同開発したこの『森のタンブラー』。ビールのカ ップを使い捨てではなく、リユースしてゴミをなくせたらという想いから全部がスタートしました」 

生ジョッキ缶と並行して生み出された『森のタンブラー』をきっかけに、古原さんはサステナブルな取組みを行うための専門部署の必要性を感じます。そうして上層部に掛け合って生まれたのが、アサヒユウアスという会社なのです。 

『森のタンブラー』をはじめとして、アサヒユウアスには多くのサステナブルプロダクツ・ドリンクがあります。国産のじゃがいものでんぷんから で出来た食べられるコップ

『もぐカップ』。麦わらで作られた『ふぞろいのストロー』。廃棄食材をアップサイクルした『サステナブルクラフトビール』シリーズ。さらに最近では廃棄ビールジョッキ を津軽びいどろへと生まれ変わらせた『UPCYCLE Bタンブラー 津軽びいどろ』、ペットボトルのキャップから作られた椅子 など、次々と新しいプロジェクトを立ち上げています。こうした商品はアサヒユウアス単体ではなく、様々なパートナー企業との共創により生み出されたものです。 

「どうやってパートナーを見つけているのかとよく聞かれるのですが、我々の事業は課題ありきでスタートしていきます。この地域の人が困っていることがあるようだ、ここがネックになって上手く物事が循環していないようだと、課題を見つけていくんですね。そこから課題を一緒に解決したいと思ってくれるパートナーを見つけていきます」 

「たとえば、『どらやきHAZY』は廃棄されてしまう鳥取県のどら焼きと、フードロスになってしまう島根県のヤギのミルクを活用したクラフトビールです。島根県は僕の地元なのですが、まずSDGsの観点から地元地域の困りごとを産業にするという課題がありました。最初にパートナーとして見つかったのが、島根県松江市の大根島醸造所さん。元からクラフトビールを製造されていたところなので、一緒にクラフトビールを造りましょうという話になったんですね。となると次は、クラフトビールの原料に何を使うのかという話になってきます。同じ松江市に、ヤギのミルクでジェラードを提供しているLagoLago SENTO宍道湖北さんというハンバーグ店があるのですが、コロナの影響でヤギのミルクが余りがちになっていました。さらに、お隣の県ではありますが、世界一のどらやきの産地である鳥取県米子市の丸京さんでは規格外品の処分に困っていらっしゃいました。規格外品は店頭での試食用に回していたのですが、コロナの影響で出来なくなっていたんですね。そこから我々と大根島醸造所さんで廃棄ミルクと廃棄どら焼きを使ったレシピを共同開発してリリースされたのが、『どらやきHAZY』。こんな風に、課題に向き合っていく

内にパートナーと巡りあうことが多いんです」 

ヨーロッパ発のサステナブルブランドECOALFとスタートさせたサステナブルクラフトビールシリーズ。評判を呼び、廃棄ロスに課題を持つ企業からのコンタクトも増えてきたのだとか。左から『さんむRED』、『狭山GREEN』、『蔵前WHITE』、『蔵前BLACK』、『どらやきHAZY』。

本来不要とされるはずだったものに新しい命を吹き込み、価値を創っていく。こうした動きは、パートナー企業のモチベーションも上げているそうです。 

『森のマイボトル』。食洗器も使用可能なため、従来のコップの代わりに大手IT企業や一部のホテルで導入が進んでいる。

「この『森のマイボトル』は3つの中小企業の方々と作ったのですが、皆さんが「いい仕事をした」って言ってくださるんです。商品が売れていくのはもちろん大事ですが、僕たちの商品に関わったことで、パートナー企業に良い影響が出る。これは目には見えないものの、確かな価値を生み出していると思います」 

今足を踏みだせないでいる人たちにとってのモデルケースになりたい

既存製品のリデザインである『生ジョッキ缶』を皮切りに、アサヒユウアスで更に加速した古原さんのリデザイン的発想。アサヒユウアスの立ち上げから約1年間、多くの取り組みが世に出ましたが、この先どのようなものをリデザインしていこうと考えているのか。古原さんにお話しいただきました。 

アサヒユウアスのオフィスには所狭しと試作品が並ぶ。

「これまでの製造業のモデルは、大量生産・大量消費でした。ただ、大量生産の背景には廃棄の問題がつきまといます。また、日本で言えば人口が減少傾向にある以上、市場の縮小も意識する必要がある。今でも歪みが出ている従来の大量生産・大量消費のビジネスモデルを、根本から見直すフェーズに来ている訳ですね。同時に、企業として存続するための経済活動も行わなければいけません。いわゆるサーキュラーエコノミーの実現が求められているんです。ただ、製造業でいえば、既存のものは最適化されていることが多く、大きく変えるのは難しい。その点、アサヒユウアスは01(ゼロイチ)でものを作れるので、アップサイクルで原料を造ったり、使い終わったら再び原料に戻せるようにしたり、スモールスケールでの事業化がやりやすいんです」 

こうした循環構造を構築するのは、パートナー企業の協力が必要です。ですが、学生時代から周囲を巻き込むことを得意とする古原さんですから、この1年間で多くの企業とパートナーシップを結んだように、次々と協力者を見つけていくのではないでしょうか。 

一方で、企業である以上求められる「利益」については課題を感じていると言います。 

「コンセプシャルな会社がちゃんと経済的価値も出していく、というのが命題だと考えています。良くも悪くもたくさんの注目をいただいていますが、まだまだCSVの延長としてみられていることが多い。そうではなくて、新規事業の会社で、ちゃんと利益を生み出せるところなんだと示していきたいです。大手企業に勤めている方の中にも、サステナ系の領域に携わりたい、でも会社が大きすぎてなかなか動けないという方は結構いると思います。アサヒユウアスがビジネスとしても価値のある会社になることで、モデルケースとして見てもらえるようになりたいですね」 

どんなに地味でもいいから、自分の居場所を作ることが人生をよりよくリデザインしてくれる

「何がそんなに古原さんを突き動かすんですかってよく聞かれるんですけど、結局、楽しく働きたいからなんですね。楽しいことを仕事にできたら、人生として最強で、ハッピーじゃないですか(笑)。でも、多くの方は、自身の立場や環境の整備に熱心になりがちになってしまうと思います。大切なのは、どんなに地味でもいいから自分が自信の持てるものを作ること。ここは自分の価値を発揮できる場所だぞというものを作っておくと、組織の枠から外れても怖くなくなると思います。それから、組織のために自分が使われるのではなく、どうやったら組織を動かせるのか考えること。そうやって考えて行動し続けていくと、仕事がやりやすく、楽しくなっていくのではないでしょうか」 

Profile

古原 徹|アサヒユウアス株式会社/たのしさユニットリーダー

1984年島根県松江市出身。2003年東北大学工学部入学。2009年同大学院修士課程修了。 アサヒビール入社後はPETボトルなどの容器開発に携わり、2017年から酒類容器開発に携わる。 スーパードライ生ジョッキ缶開発を始め、森のタンブラーなどサステナブルプロダクトをローンチ。 2022年からは新会社アサヒユウアスに異動し、社外のパートナー企業と次々に新企画を立ち上げている。

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