Meister
#23

オフィスアートは、より良い仕事を生み出す。
TokyoDexダニエル・ハリス・ローゼンのリデザイン 後編

ダニエル・ハリス・ローゼン|TokyoDex代表 /クリエイティブ・ディレクター

前編ではダニエルさんの学生時代のエピソードから、TokyoDexの歩みを語っていただきました。後編では、直近の事例を交えつつ、人生をリデザインするためのヒントについてもお話いただきます。

アートの力で、コロナ後のオフィスをリデザインする

TokyoDexが事業を進めていくと同時に、アートに触れる機会は多くなっていきました。一部の商業施設では積極的にアーティストを招致しており、何気なく目にした方も多いのではないでしょうか。

社会とアートとの距離が縮まることは、TokyoDexにとっては追い風です。

ですが一方で、コロナ禍を機にオフィスの在り方が見直されているのもまた事実。

「リモートワークが導入されて、社員の数に対してデスクが5割程度しかないという会社は、この数年で一気に増えたのではないでしょうか。そうなると、社員が出社する機会は当然減ります。ですが、少し考えてみてください。顔を合わせて直接コミュニケーションすることで、気づきがあったり、業務が改善したという経験があるのではないでしょうか。事実、僕たちのオフィスもコロナ禍に移転したのですが、直接コミュニケーションすることは重要だと感じています」

TokyoDexでは、コミュニケーションの機会を生むために週二回の出社日が設けられている。オフィスは部屋ごとに様々なアートで彩られ、居心地のいい空間を形成している。

オフィスの価値を再発見しようと、オフィスアートを導入した企業の一つがゲーム会社のGREEです。

「コロナ禍でオフィスから離れていった社員を如何にして呼び戻すのか。自宅での作業にも慣れてきたタイミングで、わざわざオフィスへ足を運ぶためには何かしらの仕掛けが必要になります。移転前のオフィスは来客専用の会議室やセミナールームなど、“会社の外側”に向けた作りになっていたそうです。移転にあたっては、“会社の内側”、つまり従業員の皆さんのためのオフィスを作りたいというのが、GREE様の希望でした。そこで我々TokyoDexがオフィスアートを提案させていただいたんです」

オフィスとは思えない遊び心にあふれるGREEのオフィス。2022年12月に竣工。

GREEは様々な子会社があり、そこで働く人々はクリエイティブ精神にあふれています。そんな彼らが刺激を受けられる場としてのオフィスを目指して、プロジェクトは進められまました。

7フロアにまたがる大規模なこのプロジェクトには、22のアーティストをアサイン。まったく個性の異なるアーティストたちの作品が不協和音を起こさないよう、“壁を一つのキャンバスに見立てる”、“ガラスには白色のアートフィルムを張り、壁画の色が透けて見えるようにする”といった工夫がなされました。

「日本語で“神は細部に宿る”という言葉がありますが、GREE様のオフィスは参加したアーティストが共鳴しあいながら、細部にまでこだわって作業しました。その精神は、クリエイターの方たちにも良い影響を与えるのではないでしょうか」

社員のクリエイティビティを刺激することで、日常を過ごす場としてオフィスをリデザインしようとしたGREE。それに対して、オフィスアートを導入することで、バリューを見つめ直し、会話のきっかけを生み出そうとしたのが経済産業省でした。

“職員が思う経済産業省らしさ”をテーマとしたワークショップを開催。社会を動かすのは人間の力であるという想いが込められたアートが、それまでは無地だった壁面に描かれました。

「経済産業省様では、オフィスアートがどのような作用を及ぼすのかについてのアンケートを取っていただきました。非常に高い結果を出したのが、コミュニケーションとブランドイメージの項目です。同じ組織で働いているとはいえ、仕事に言及するのは少し怖いところがありますよね。ですが、アートに関してはフラットに会話ができます。好き嫌いはもちろんのこと、うちの会社(ブランド)にこの作品が合っているのかなど、普段ではしない会話が生まれるんです。リアルなオフィスでしか生まれない、このような体験をどうやって作っていくのか。それを考えていくことが、これからのオフィスの在り方ではないでしょうか」

好奇心が仲間を呼び、社会をリデザインしていく。

オフィスアートのパイオニアとして活動してきたTokyoDex。その歩みが進む中、マーケットも次第に変わっていきました。年々、アートと人々の距離は縮まり、マーケットもまた変遷を続けています。

「皆さんが少しずつアートの力に目覚めてきて、我々も大きなオフィス案件を任せていただきました。おかげで、空間づくりのノウハウを積み重ねられたと感じています。将来的に考えているのが、そのノウハウと、これまで協力してきてくれた日本のアーティストたちの力を借りて、海外に進出することです。僕が魅了されたように、日本文化のソフトパワーを上手く伝えていきたいですね」

オフィスアートの他にもTokyoDexはミューラルアートも手掛けています。ミューラルアートとは、街中で見られるアート(主に壁画)のこと。法律上の問題で日本では広く見られるものではありませんが、少しずつその数を増やしています。

海外進出の他にも、ダニエルさんはミューラルアートのような“誰にでも見に行ける”作品作りをしてみたいと言います。

TokyoDexが主催する『Mural Rookies Project』。壁画に挑戦する機会の少ない日本のアーティストに活躍の場を提供している。

「オフィスアートは素晴らしい事業だと確信していますが、見られるのは限られた人たちだけです。もっと開かれた場所でアート作品を作りたいのですが、今の法律では少し厳しいですね。ただ、地方自治体と取り組んでいくというやり方は一つの可能性として考えられます。実際に2023年の7月には中野区でミューラルアートのワークショップを開催しました」

誰もが気軽にアートに触れ、その土地を盛り上げていく。それはダニエルさんがかつて魅せられた『アースセレブレーション』に通じるものがあります。

最後に、人生をリデザインするための心がけについてお伺いしました。

「“Curiosity”。日本語でいうと、好奇心が大事だと思います。自分はアーティストではないとか、最初から可能性を断ってしまうのではなく、好奇心を持ってとにかく取り組んでみる。時には自分のやっていることが正しいのだろうかと思う瞬間もあるかもしれません。そんな時は、周りの人たちに頼ってほしいです」

ギャラリーの空きをなくすために、イベントを積極的に企画していた時期もあるというダニエルさん。今も、イベントをオーガナイズする機会があるという。 撮影場所:lyf銀座東京 ※TokyoDexはイベントの企画のみ。

「TokyoDexも最初は、“お金にならない”とか“日本では無理”と言われていました。でも、賛同してくれる人たち、一緒に取り組んできてくれたアーティストたちと、関係を築いていくうちに、成功できました。だから、仲間づくり・コミュニティづくりがとても大事だと思います。好奇心を持って失敗することを恐れず、その失敗が成長につながることだと信じ、励ましてくれる仲間を持つ。こういう気持ちがあれば、リデザインに繋がっていくと僕は思います」

前編を読む。

Profile

ダニエル・ハリス・ローゼン|TokyoDex代表 /クリエイティブ・ディレクター

生年月日:1971年1月14日(53歳)

出身地    :アメリカ合衆国 ペンシルバニア州 フィラデルフィア市

日本のアート業界において30年以上のキャリアを持つクリエイティブ・ディレクター。

太鼓芸能集団 鼓童のロードマネジャーとして、アートマネジメントを習得。その後、ハワイ大学の美術&美術史学科を修了後、2010年多摩美術大学大学院美術研究科を修了(博士号取得)。大学院在学中より輪派絵師団のメンバーとしてアーティスト活動を行う傍、NHK、YouTube、MINI、マクドナルド・ジャパンなどのコマーシャル企画を手がける。同時に自身の現代アート制作にも励み、ホノルル美術館やアートフェア台北での展示などグローバルに活動を展開。2012年、アートエージェンシーTokyoDex設立。現在は東京を拠点に活動を行い、企業のビジョンをアートに昇華させるプロジェクトや、ドイツ大使館、経済産業省、慶應義塾大学、Google、GREE、サッポロビールなどといった幅広い組織へ向けたコンテンツ提案を通して、アートが持つ可能性を広げている。

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