Voyager
#06

LGBTQという言葉がない未来を。
「JobRainbow」星賢人が目指す、なめらかな世界。

星 賢人|株式会社JobRainbow/代表取締役CEO

幼い頃からセクシュアルマイノリティであることを自認し、22歳で日本初のダイバーシティ求人サイト「JobRainbow」を立ち上げた星賢人さん。「JobRainbow」は3年間で月間65万人がアクセスする国内最大級のサービスへと成長。アメリカ3大テレビ局のNBCが運営するLGBTQニュースサイト「NBC OUT」が選ぶ次世代のLGBTQリーダー「NBC OUT Pride 30」に、日本人として初めて選ばれています。これまで500社以上にダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)に関するコンサルティングや採用支援を手掛けてきた星さんが描く未来はどのようなものなのでしょうか。

不登校の中学時代。救ってくれたのは、オンラインゲームで出来た友人だった

星さんがセクシュアリティを意識し出したのは、中学生の頃。当時、LGBTQという言葉はなく、周囲からの理解を得ることは出来ませんでした。やがて不登校になり、ご家族からもなかなか理解してもらえない状況に陥った星さんはインターネットカフェにこもるようになります。そこで星さんは、インターネット上には自分と同じような境遇の人々がいることに気づきます。

「自分のような人間は一人だけじゃないと分かって、少しずつ前向きになっていったんだと思います。背中を押してくれたのは、オンラインゲームで出来た友人に初めて自分がゲイであることをチャットで打ち明けた時の出来事です。友人の反応は『そうなんだ。ま、お前はお前だからな』とあっさりしたもので、翌日以降も変わらず遊んでくれたんです。たとえ学校のクラス全員に受け入れてもらえなくても、枠を飛び越えれば、自分のことを認めたり受け入れたりしてくれる人がいる。そう気づけたのは、大きなきっかけでした。それまでは友達や親に言ったら恥ずかしいことだからと、自分のセクシャリティを否定していて、差別を内面化していたんです。初めて受け入れてくれる人に出会って、自分の内面を解放できました」

顔が見えないインターネットは、人間性が表面化しやすい世界です。ともすれば人を傷つけるものにもなりますが、顔が見えないからこそ、各々の背景に関わらず一人の人間として認められる可能性も内包しているのかもしれません。

この出来事をきっかけに、星さんは不登校を乗り越え、高校に入学することになります。大学進学後はLGBTサークルの代表を務めました。しかし、そこで星さんが目の当たりにしたのは、多くの悩みと社会の不寛容さでした。

「サークルでは様々なセクシャルマイノリティの友人たちと出会って、リアルな世界でも自分がゲイであることをオープンに伝えられるようになりました。同時に、自分よりも深刻に悩んでいる人たちとも出会いました。親に勘当されて、風俗で働きながら学費を稼いでいる子や、優秀なのに就活では100社受けて、すべて落とされた先輩。私たちLGBTQの輪の中では受け入れられても、社会は受け入れてくれないのだと、改めて感じました。私があのインターネットカフェのオンライン上の友人に救われたように、セーフティーネットのようなものを作る必要がある。そう思ったことが、JobRainbowの立ち上げに繋がりました」

JobRainbowオフィスに飾られたメッセージボード。メッセージはJobRainbowのビジョンに共感した様々な人から寄せられた。

世界のスタンダードとは乖離していた、日本のダイバーシティ

星さんが「JobRainbow」を立ち上げたのは2016年のことでした。今でこそLGBTQは広く知られるようになり、積極的に企業が増えた印象がありますが、当時は多くの障壁があったと言います。

「当時、CSR(企業の社会的責任)がひとつのトレンドで、ダイバーシティに注力する企業も多かったのですが、いざカミングアウトしてみたら、『そういう人は受け付けられない』『前例がないから無理』というケースが散見されました。また、1年目は男性寮か女性寮に入らないとならないので、区分けが難しいということで内定を取り消された例もあります。他にも社内で蔑称で呼ばれる、制服着用の義務に耐えられないといった事情から退職した方もいます。自分の能力とは関係のないところで、門前払いにされる。苦しめられる。そんな人たちが大勢いました」

「さらに、当時の多くの企業で取り組むダイバーシティは女性活躍推進にフォーカスされていました。ダイバーシティの意味を取り違えていたのでしょうね。以前は役所や大企業から『うちにはLGBTQの人間は一人もはいません』と言い切られたことさえあります。電通の調査でも、人口の8.9%はLGBTQというデータがあって、役所や企業の規模によっては何千人、何万人もいるはず。それがいないものだとされていた訳ですから、異常事態だと思いました。ダイバーシティの定義がかなり狭く、世界のスタンダードとは乖離がありましたね」

ダイバーシティという言葉が本来意味するのは、多様性です。企業活動においてダイバーシティを唱える時、目指すべきは特定マイノリティに寄った施策ではなく、多様性を実現するためのものであるべきです。一方で、ダイバーシティやLGBTQの概念がいち早く広まった欧米ですら、差別は根強く存在しているのだと、星さんは続けます。

「1年間アメリカに留学していたのですが、ゲイの友達が恋人と手をつないで歩いていただけで、卵を投げつけられたことがあります。私がゲイであることをカミングアウトしたら、友達のお母さんに、『地獄に落ちちゃうわね。かわいそう』と悪気なく言われたこともあります。宗教的な価値観から来るものだったので、根深いものがありますね。日本の差別は同調圧力の流れで、人とは違う人をいじめたり無視したりしがちで、いわばpassive(受動的)です。その点、海外の差別はaggressive(能動的)。暴力を振るわれる、下手したら撃ち殺されるといったヘイトクライムに遭う確率が高いんです。これは何もLGBTQだけに限ったことではなく、肌の色に対しても行われていることは皆さんもご存知だと思います。だからこそ、海外では様々な解放運動が進んだ歴史があります」

LBGTを象徴する虹色の旗(レインボーフラッグ)は、1978年のサンフランシスコの解放運動で初めて掲げられました。星さんがaggressiveと表現したように、当時のアメリカは今よりもなおLGBTの人々が表に出るのは危険を伴う行為でした。レインボーフラッグは彼らの結束を強めるものとして広まり、解放運動は加速していきます。

星さんが立ち上げた「JobRainbow」にも、虹は受け継がれています。

水商売だけが生きる道ではない。LGBTQが社会で働くためのロールモデルを作るということ。

現在の「JobRainbow」に登録されているLGBTQフレンドリー企業は400社以上にもなります。星さんが目指したセーフティーネットとしての役割を果たしつつあり、JobRainbow MAGAZNE(JobRainbowオフィシャルマガジン)には多くの利用者の声が。その中から、星さんは一人の女性を紹介してくれました。

「トランスジェンダーの下村さんという女性で、彼女は理系の大学院を卒業しています。学歴だけを見るのであれば、就職には困らない優秀な人材ですよね。でも、本人は就活さえしていませんでした。なぜなら彼女はトランスジェンダーだから夜の仕事しかできないと思っていたからです。そして大学卒業後に上京し、新宿2丁目で水商売をしていました。給料は歩合制で、明日の生活も定かではない状況だったそうです。いつかは昼の仕事もしたいという想いで下村さんが見つけてくれたのが、JobRainbowだったんです。(当時のサイト名はichoose)JobRainbowを通して下村さんは大手通信会社のサポートデスクの仕事に就くことができました。今では、2~3年後のキャリアプランも考えられるようになったそうですよ。下村さんの生活は大きく変わりましたが、誤解して欲しくないのは水商売が悪ではないということ。ただ、トランスジェンダーが社会で働くためのロールモデルが、水商売や芸能界といった一部の領域にしかなかったんです」

LGBTQを考えるとき、いわゆるオネエタレントを思い出す方は多いかもしれません。ですが、それは一部の話。メディアに出たり、夜のお仕事をしたい人だけがLGBTQではありません。。レズビアンやアセクシャル(他者に性的欲求を持たない)やエックスジェンダー(男女どちらにも当てはまらない)もいて、多種多様に彩られているのです。

「その中でもレズビアンはロールモデルが少ないんです。性自認に関係なく、女性は性的に消費されやすいという歴史があります。そのため、レズビアンは性的対象として見られやすい“ダブル・マイノリティ”でもあり、カミングアウトしづらい現状があるのではないでしょうか。私の場合、ゲイであることはマイノリティですが、男性であることに関してはマイノリティであると感じた経験は少ない。そう考えると、ジェンダーの課題と結びついてきますよね。アメリカの場合、人種や性別、性的嗜好など複数が重なることでの差別を可視化するインターセクショナリティと呼ばれる概念があります。一方、日本は基本的に単一民族に視覚的には見え、日本語を話す人ばかりなので、実際はあったとしても、インターセクショナリティを感じる機会は少ないでしょう。そう思うと、オネエブームなどのメディアによって作られたマイノリティ像ではなく、レズビアンやアセクシャルなどあらゆるマイノリティが普通に働くロールモデルが必要なのだと思います」

日本の企業は中小企業も含めて約367万社※あると言われているなか、JobRainbowの登録会社は約400。確かに、あらゆるセクシャリティのためのロールモデルを作るためには、道半ばではあります。

※2021年経産省調べ。

「一つ一つ、実績を作っていくしかないですし、実際に少しずつ手ごたえも感じています。ありがたいことに、JobRainbowを利用された方から連絡をいただくことがあるのですが、就職した2年後に笑顔で車椅子に乗ったお写真をいただいたことがありました。就職して安定収入を得てお金を貯めて、念願の性別適合手術を受けられるようになったから、車椅子だったんですね。働くことはお金を稼ぐだけでなく、生きる上でのやりがいにも関わります。自分の居場所を見つけて、社会との接点を見出せるようになった人が増えたことは、本当に嬉しいことです」

中学生の頃、インターネットを通して救われた少年が大人になり、今ではインターネットを通して誰かに手を差し伸べている。その根底にあるのは、純粋に人を想う心なのかもしれません。

LGBTQという言葉のない未来へ

「JobRainbow」が最終的に目指すのは「個になめらかな社会」。その実現に向けて、星さんはこれまでこれまで東急不動産や丸亀製麺といった大手企業で研修やコンサルティングを行ってきました。そこで得たノウハウをクラウド化し、ダイバーシティに関する教育プログラムを開発しています。採用の入り口を「JobRainbow」は整えられる一方で、中身までは簡単に変えられない。そんな実体験から取り組みを始めたそうです。

「今の社会構造は、型が決まってしまっています。型にはまる人たちに目は向けても、そのひずみで苦しむ人たちに光は当たらない。そうした型を崩していって、いつかは個人に合わせていく世の中になる。それが、個になめらかな社会だと考えています。求人サービスとしての我々が出来ることは、採用の糸口を作ることです。ただ、それだけでは本質的な解決にはなりません。企業側の許容度を上げていくことが重要です。そのための準備を今まさにしているところです」

最後に、これからの自分の人生をより良くリデザインしていくための読者へのメッセージをいただきました。

「自分の視野を変えようと、マイノリティから学ぶ人は多くいます。それも大事ですが、その延長線上には分断しかなくて、自分の尺度で他者を孤立させることにつながります。我々はLGBTQという言葉を便宜上使っていますが、最終的にはなくていい。言語があることによって、切り離されていくからです。大事なことは、相手を孤立させることではなく、まずは自分との違いを見つけること。そのためには自分と社会を一度切り離して、自分自身を俯瞰する時間を作る必要があります。相手には、そして自分の個性はどんなものなのか見つめ直すということですね。もしかしたら、自分の中のマイノリティ性や抑圧された部分に気づくこともあるかもしれません。そんな風に、物事の捉え方をリデザインできたらいいですね」

Profile

星 賢人|株式会社JobRainbow/代表取締役CEO

東京大学大学院情報学環教育部修了。Forbes 30 Under 30 Asia / JAPAN 選出。孫正義育英財団1期生。板橋区男女平等参画審議会委員。御茶の水美術専門学校 学校関係者評価委員会委員。『LGBTの就活・転職の不安が解消する本(2020/3,翔泳社)』を出版。サステナブル・ブランド国際会議2021横浜におけるセッションに登壇。日本のインパクト・アントレプレナー35に選出。 NewYorkTimes/日経新聞/朝日新聞/毎日新聞/フジテレビ/テレビ東京など多数メディアに出演。これまでに上場企業を中心とし、500社以上のダイバーシティコンサルティングを実施。

Recommend