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#07

宇宙から農業を観測する。 アグリテックの新鋭
「サグリ」坪井俊輔が目指す「夢を描ける」世界

坪井俊輔|サグリ株式会社/代表取締役CEO

ICT技術を活用したアグリテックが進化する昨今、その領域で頭角を現しているのがサグリ株式会社です。それまで人の目に頼っていた農耕地のコンディションを、衛星データを活用することでより正確に把握。サグリが提案する新しい農業スタイルは様々な自治体に受け入れられています。農業を近代的なものへとリデザインするサグリの創業者の坪井俊輔さんは、かつては宇宙に憧れを抱く少年だったそうです。なぜ、宇宙から農業へとフィールドを移したのか。その背景には、熱い想いが隠されていました。

毛利衛さんとの出会いをきっかけに、宇宙教育事業を起業

子供の頃、誰もが描く大きな夢。成長し、現実を知ることで、その夢の多くはいつしか忘れ去られます。サグリ代表取締役CEOの坪井俊輔さんは、夢を忘れなかった一人です。坪井さんは幼い頃にディズニーランドで観たトゥモローランドに魅了され、宇宙に関わる仕事を夢みるようになります。

「宇宙を強く意識するようになったのは、中学校の校外プログラムで、宇宙飛行士の毛利衛さんとお会いしたのがきっかけでした。宇宙エレベーターがテーマのプログラムだったのですが、そのとき毛利さんから『誰もが宇宙に行ける時代はすぐそこまで来ている』とお話いただき、胸が熱くなったのを覚えています。ただ、宇宙エレベーターは実現できない※という情報を耳にし、周囲の友達は夢よりも進学することを重要視する姿を目の当たりにして、夢を忘れようとした時期もありましたね」

※宇宙エレベーター構想はSF小説に端を発したもので、その実現性を疑問視する声が上がることも。現在は複数の企業が構想実現に向けて動き出しています。

それでも夢を忘れなかった坪井さんは、大学でローバーと呼ばれる宇宙探査機の研究に没頭するようになります。やがて坪井さんは、宇宙研究者の卵として中学校や高校で講演する機会に恵まれます。かつて毛利衛さんが夢を見せてくれたように、自分も同じ役割を果たせるはず。しかし、坪井さんが目の当たりにしたのは、「夢を見られない」子供たちでした。

「子供のころのように宇宙に純粋に憧れられず、何のために大学を受験するのか。その先にどうしたいのか。目的が分からないまま漠然と勉強しなければならないことが、とても辛かった時期を思い出しました。その時の違和感や悔しさから立ち上げたのが、株式会社うちゅうです」

夢を見られない状況が教育現場で起きているのなら、同じ教育で何かを変えられないだろうか。うちゅうは、『宇宙に”夢中(むちゅう)”』をキャッチフレーズに子供向けの宇宙教室を始めました。「宇宙教育なんて儲からない」「何のための塾?」などと揶揄されつつも、宇宙をテーマに、主体的に自分の夢や意見を語り、他者を理解した上でチームビルディングができるかを学べる私塾として、評判を呼ぶことになります。そして更なる挑戦として、海外での宇宙教育の場を儲けられることになります。場所は内戦の爪痕が色濃く残るルワンダ。日本と同じように6年制の小学校はあるのですが、学校も教員も数が限られています。宇宙のことに触れる機会も少ない中、宇宙教室を手掛ける坪井さんに声がかかったのでした。ですが、そこで待っていたのは「教育の限界」でした。

ルワンダでの経験が、宇宙から農業への転換点に

「1994年に起きたルワンダ大虐殺から逃れた永遠瑠マリールイズさんが、日本で寄付金を集めて建てた学校で開催したのですが、最後に、子どもたち一人ひとりに自分の夢を発表してもらいました。そこまでは、日本の子どもと変わりません。『パイロット』や『宇宙飛行士』『医者』などたくさんの夢が飛び出してきたんですね。ですが、子どもたちと個別に話してみると、彼らを取りまく現実が見えてきました。ルワンダでは農業で生計を立てる家計が多いのですが、子どもたちは幼いころから親の手伝いをしているんです。『学校を卒業したら親の手伝いがあるので、進学できない。どうしたらいい?』と、ある子どもに問われた時、何も答えることができませんでした。日本では夢を忘れる。でもそれは、忘れるだけで、道が閉ざされている訳ではありません。ここルワンダでは、夢を見ようとも、そこに至るまでの道が存在しないことさえある。その現実を目の当たりにしたとき、残酷なことをしてしまったのではないかと、打ちのめされました」

子供たちが実際に親を手伝っているルワンダの農業の現場を見に行くと、手作業で田植えや収穫をする姿を目の当たりにします。この現実を変えることが出来なければ、日本から夢を語っても、何も変わらない。この時の経験が、坪井さんの視点を宇宙から農業へと転換させました。

「自分自身、何が出来るだろうと考えた時にひらめいたのが、衛星データです。衛星は宇宙から地球を観測していますから、どこからでも農耕地の状態を把握できます。もし、衛星データを活用できるのであれば、農業の現状を変えることが出来るかもしれない。さっそく帰国後に調べると、衛星データは無償で使えることがわかりました。そこでうちゅうの一事業としてサグリ事業を立ち上げ、2018年6月に分社化して今に至ります」

衛星データから農業をリデザインする

農業は自然を相手にするため、近代化が進んでいる日本においても「経験」や「勘」が頼りにされる場面が多くあります。実際に、肥料が適量より2~3割多く使われているデータもあるそうです。そこに切り込むのが、サグリの営農支援サービスです。

「人の手や目に依存する要素が多くなるほど、効率は下がります。衛星からは、どのエリアの農地でどんな作物がどの程度耕作されているかを把握できます。さらに土壌の状態を観測することも可能で、土がアルカリ性なのか、酸性基質なのか、窒素がどれくらい存在しているのかといった指標で捉えています。こうしたデータを蓄積していくと、モデルとなるデータが出来上がります。農薬や肥料を適切に使用できれば、効率があがりますよね。今まで農耕地として使えなかった土壌を生まれ変わらせる可能性もあります」

現在は日本をメインに事業を行うことで基盤を固めているフェーズですが、日本独自の課題が見えてきたと、坪井さんは言います。

「日本の農地は戦後のGHQの介入によって小口化され、分散しています。当時は満足に食べられない状況があったので、戦後復興のために自給自足できる体制が取られたわけです。ですが、復興を果たした現在でも未だに農地が集約されておらず、農地を大きくできないという問題が発生しています。農地が狭ければ収穫量も下がる。儲からない農地に人を集めようとしても、条件が悪いため誰も借りてくれません。結果として耕作放棄地となり、農地に戻せなくなる深刻な状態を招いているのです。こうした危機をリデザインするためにも、農地の状況をGPSデータで正確に把握し、効率化していくことが重要です。現状を基にディスカッションすることで、農地が集約化されて大きくなっていく。そうなれば、企業が農業に投資できるようになります。農業が儲かる産業ならば、参入者も増えますよね」

それは日本に限らず、グローバル視点でも同じことが言えます。収益性の高い産業に企業が集まれば、、労働環境が改善されていきます。その先には、ルワンダの子どもたちが夢を見られる未来が待っているのかもしれません。

夢を描ける社会を次世代に残したい

宇宙を目指し、その宇宙に飛ぶ衛星で、農業をリデザインする。そうして坪井さんの視点は宇宙から農業へと移ってきました。宇宙という人間では想像しきれないスケールのものに憧れたからなのでしょうか。坪井さんの視点のありようは広く、サグリの事業を手掛けていくうちに地球全体へと想いを馳せるようになったそうです。

「グローバルで見れば、一番重要なテーマは気候変動です。その対応策として、土地の利活用を多くの農家が考え始めると思います。それは林業にも通じると考えていて、CO2を排出する木と吸収する木があるのですが、見分けたうえでCO2を吸収してくれる木を増やすといった、データに基づく土地のマネジメントが進むでしょう。食料問題にも課題が山積みです。日本は海外からの輸入で成り立っていますが、年々物価があがっていますし、世界的に見た時、飢餓に苦しむ地域もまだ存在しています。ルワンダよりも過酷な状況の人々がいるということなんです。こうした地球課題をひとつひとつ解決していき、一人ひとりが自分自身と向き合い、純粋にやりたいことに向かえる社会を作らなければならない。最近娘が生まれたのですが、夢を描けない社会を次世代に残したくないという強い思いがあります。今は教育から離れてしまいましたが、社会を構築するのは人間なので、教育の重要性を再認識しているところです」

誰もが夢を描ける世界を作るために走り続ける坪井さんに、人生をより良くリデザインするためのアドバイスを最後にいただきました。

「自分の人生の目的を自らが決めて、それをまっとうすることだと思います。バーチャルが進化した今、自分をさらけ出さなくても生きられる環境になってきていることもあって、自分のことが分からない人が増えている気がします。飾り立てた外向けの姿と内側の自分のギャップを埋められず、そこに蓋をして、自分の醜さを憎んでしまうこともあるかもしれません。それは、すごく不幸なことだと思います。自分が死ぬ瞬間に、自分がやって来たことが、地球や人類にとってプラスに働いて少しでも感謝される人生だったら私は幸せです。そして最期の瞬間、大切な家族が見送ってくれたらきっとハッピーに死ねますね(笑)。逆算して、今は何をすべきか?を考えて行動することだと思います」

Profile

坪井俊輔|サグリ株式会社/代表取締役CEO

横浜国立大学理工学部機械工学・材料系学科を卒業。2018年にサグリを創業。サグリ創業以前は民間初、宇宙教育ベンチャーの株式会社うちゅうの創業及び代表取締役CEOを務める。MIT テクノロジーレビュー 未来を創る35歳未満のイノベーターの1人に選出。農林水産省 「デジタル地図を用いた農地情報の管理に関する検討会」 委員。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授。DMMアカデミー1期生。ソフトバンクアカデミア13期生。Forbes JAPAN誌の発表した「世界を変える30歳未満30人の日本人」 Forbes JAPAN 30 UNDER 30 JAPAN 2022のソーシャルインパクト部門選出。     

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