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河野貴之|『UNDECORATED』デザイナー
河野貴之|『UNDECORATED』デザイナー
河野さんが『UNDECORATED』を久保さんから引き継いだのは2016年。入社当時からの河野さんの強い独立心を汲んで、久保さんから新ブランド立ち上げを打診されたことから話はスタートしました。
「その時、会社では『yoshiokubo』、女性向けラインの『muller for yoshiokubo』、そして『UNDECORATED MAN』を運営していました。久保から打診されたのは、その3ブランドに続く4つ目のブランド立ち上げです。その話をもらうまでは独立することしか頭になかったのですが、独立やブランド立ち上げ以外の選択肢も考えるようになりました。ゼロから立ち上げるのもデザインではあるけれど、既存のブランドをリブランディングしていくのもデザインなんじゃないかって」
『UNDECORATED MAN』は、その名の通り、着飾らない男性の格好よさを追求するブランドでした。潔いコンセプトに以前から共感し、企画を任されていた河野さんは、新ブランドの立ち上げではなく、『UNDECORATED MAN』のリブランディングという道を選びます。
「海外のブランドでは珍しくない話なのですが、日本のブランドではデザイナーの交代はあまり例がありません。僕も久保も、そのユニークさを気に入っていたというのもあります。2016年のAWはブランドタグを一新しながらも、男性向けの『UNDECORATED MAN』としてのブランド運営を続け、2018年にユニセックスのブランド『UNDECORATED』としてリニューアルしました。一貫して意識していたのは、ブランドの根幹を為す“飾らない”という言葉を使いながら、久保との差をどう生み出していくのかということでした」
そこで河野さんが考えたのが、久保さんとは真逆のアプローチでした。デザインしたものに対して素材を選択するのではなく、素材と対話しながらデザインを形作っていく。
このアプローチは『UNDECORATED』ならではのもの。
こうして、河野さんなりの“飾らない”哲学が育まれていくことになります。
「素材の表情を見ながら、そこから生まれる必然性を拾っていく。たとえば、Tシャツ一枚とっても、生地の厚さでステッチの幅が違ってきます。通常の洋服づくりだとステッチは、“服を綺麗に見せるための機能”なんですよね。でも、素材を活かしながら作っていくと、そういった本来は機能でしかないものが、デザインへと昇華されていくんです。服をデザインしていて一番気持ちいいのは、この瞬間ですね」
素材に最も重きを置く『UNDECORATED』では、積極的に独自の生地開発を行っています。わずか二ヶ月で出来るものもあれば、2年もの歳月を要するものまで。常に生地開発を続け、そのシーズンに合わせた素材を活かせるようになっているのだとか。
「生地のアイディアストックは常にあるので、その時々のムードを反映するのではなく、いつ着ても着心地のいい洋服づくりを心掛けています」
素材との対話を通じて、独自の表現を確立していった河野さん。このまま洋服を主体とした“ファッション”を追求していくのかと思いきや、河野さんの中である変化が生まれていました。
「ライフスタイルそのものがファッションなんじゃないかなって思うんですよ。洋服だけではなく、ライフスタイルへの提案を行うプロジェクトとして『とUNDECORATED』を立ち上げました」
SNSの普及で、私たちの日常は大きく変化しました。「ここのご飯が美味しかった」「こんなインテリアを買った」「今日の服をどう思う?」。かつて対面で交わされていたこうした会話が、写真や画像とともに世界中へと発信されるようになったのです。
見知らぬ誰かの部屋や生活風景を見て、“おしゃれ”だと感じるのであれば、それはもはやファッションなのではないか。
そんな想いとともに始まったのが『とUNDECORATED』なのです。
「『とUNDECORATED』のきっかけとなったのは、陶芸作家の野口寛斉さんとのイベントです。寛斉さんの陶器と、僕の洋服づくりの共通点は“素材を活かしてデザインをしていく”こと。モノづくりのアイデンティティが一致していれば、ジャンルの違うものでも一緒に楽しめるのではないか。そう考えて、イベントを開催してみたら、ものすごく好評だったんですよ」
手応えを掴んだ河野さんは、ライフスタイル提案型ギャラリーとして『とUNDECORATED』を立ち上げます。2022年のガラス作家である山野アンダーソン陽子個氏の個展を皮切りに、パン屋やヴィンテージウォッチ、海外の新鋭クリエイターとのコラボレーションを展開。様々な分野との取り組みを通じて、ライフスタイルとしてのファッションの可能性を探ってきました。
「“と”には三つの意味があります。ヒトと、モノと、コトと繋がる。この三つの“と”ですね。僕たちは、誰かと出会うことの素晴らしさ、デザインされたモノの素晴らしさ、素晴らしいことを一緒に共有していきたいんです。新しいコミュニティをどんどん作っていくイメージですね」
毎回が異業種とのコラボレーションの『とUNDECORATED』はパートナー探しから始まります。ただ、出会ってすぐに話を進めるのではなく、あえて半年ほど寝かせるのだとか。
「フィーリングが合う瞬間を待つようにしているんです。初めましてで一緒にやれれば楽かもしれませんが、僕のこだわりみたいなものですね。たとえば最近だと韓国のスヒョン・キムの個展を開催したのですが、彼女は“パラフィンワックス”という素材を使用します。パラフィンワックスを光の熱で融解させ、そこから生まれる雫が折り重なっていく。そんな素材のありのままをアートにする手法って、『UNDECORATED』と通ずるものがありますよね」
toundecorated_officialインスタグラムよりキャプチャー
活動領域を広げながらも、“ファッション”をデザインするという夢を形にし続ける河野さん。新卒で入社したgroundfloorで『UNDECORATED』『とUNDECORATED』を展開する一方で、河野さんの元々の願望だった独立への想いも形になります。2023年10月、自身の会社nōko Inc.を立ち上げたのです。
「洋服は作って終わりではなく、作ったものをどうやって手に取っていただくかが重要です。お客様の目に留まること、手に取っていただくこと。このどれか一つでもおろそかになれば、一着も売れません。洋服に限らず、モノはそこまで良くなくても、見せ方・売り方が上手でヒットを飛ばすものはたくさんありますよね。一方で、もやもやする気持ちも強くって」
いいものを作っても、必ず売れる訳ではない。逆に、思いもしないものが売れる。アパレル会社にいるからこそ見えてくるモノの動き方に感じる矛盾。その矛盾を解消していくためにこの会社を立ち上げました。
「簡単に言うと、出来上がったものを販売するまでのプロセスをデザインする会社です。nōkostudio(ノウコスタジオ)というクリエイティブチームを作りフォトグラファーやアートディレクター、グラフィックデザイナーやマーケターなど、各分野のプロが集まりチームアップして一つの目的に対してディレクションしていきます。ただかっこいいビジュアルを作ったり、ブランディングをしていても結果が出にくい時代です。物やサービスを提供するには正しい価値を付け、それに合った正しい場所で売る。売り方には方程式や正解も無く、物やサービスの数だけある、それぞれの成功法見つけていくことが大切です。自分が長年服を作り「売る」という出口にまでこだわっていたからこそ、その経験を活かして、結果にこだわったサービスを提供していくことを心がけています」
無形のデザイン提供を目的とする、nōkostudio。その活動は始まったばかりですが、次は何をデザインしていくのか。今後が楽しみです。
最後に、人生をリデザインするためのヒントについてお話いただきました。
「生活の大半は働くことですから、どうしても不満は増えてきますよね。でも、その不満を抱えたまま仕事をしていても、なかなか幸せにはなれないと思うんです。だから、見方を変えるのが重要だと思います。groundfloor入社当時、朝から晩まで働いていましたが、それでも幸せでした。今やっていることがすべて、将来に繋がっていくんだ。糧になるんだと思うようにしていたんです。そうすると、少ないながらもお金をもらいながら、勉強できる! という見方に変わっていきますよね」
「つまり、大事なのはポジティブな考え方に持っていくための、マインドのデザインなんです。今が苦しくても、具体的な目標を持てなくても、仕事を通して何かを学んでいることは確かなはず。だから、その学びが自分の役に立つんだって、言い聞かせていく。その蓄積で、きっと人生はリデザインされていくと思うんですよね」
Profile
河野貴之|『UNDECORATED』デザイナー
1985年生まれ。大学卒業後、2008年に(株)groundfloorに入社。デザイナー久保嘉男の元で、yoshiokbubo/UNDECORATED MANのアシスタントを務める。2016年からUNDECORATEDのデザイナーに就任。2023年にnoko Inc.を設立。
UNDECORATED(https://undecorated.jp/)
Instagram:undecorated_official(https://www.instagram.com/undecorated_official/)
nōkostudio(https://www.nokostudio.jp/)
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