Voyager
#29

"飾らない"ことが、新しいデザインを生む。
河野 貴之のリデザイン前編

河野貴之|『UNDECORATED』デザイナー

ファッション。その言葉を聞いて多くの人が思い浮かべるのは、自分が身に着ける衣服のことかもしれません。あるいは、流行のスタイリングや髪形、化粧の仕方だと感じる人もいるのではないでしょうか。つまり、ファッションとは特定のモノを指すものではなく、全体的な空気感を表すもの。ライフスタイルとも言えます。

様々なアパレルブランドがファッション=ライフスタイルへのアプローチを試行錯誤する中、ゆるやかに日常に溶け込むような空気感を持つブランドがあります。

『UNDECORATED』。その名の通り、“飾らない”という意味が込められたブランドです。美味しいパン屋さんから、個性的なアーティストまで、異業種とのコラボレーション企画も積極的に行い、“衣服”という枠を越えたブランド活動はまさにライフスタイルへの提案そのもの。ファッションの概念をリデザインする『UNDECORATED』のデザイナー・河野貴之さんにお話をお伺いしました。

デザイナーになるための最短経路を探して。

河野さんがファッションデザイナーを目指したのは、小学生の頃。ファッションデザイナーの父親の影響で、常に洋服に囲まれていた河野さんにとって、その選択はごく自然なものでした。中学校、高校を経てもその想いは変わらず、卒業後はファッションデザイナーになるための道を歩もうとしていました。

「ところが、父から“四年制大学は必ず卒業すること”と、強く言われてしまって。父としては、ファッションデザイナーになれなかった時のための保険を作っておいて欲しかったんでしょうね。でも、私のファッションデザイナーへの熱意はまったく変わらず笑。大学では、将来のブランド運営のために経営学や英語を学んでいました」

大学卒業後、河野さんの前には二つの道がありました。服飾の専門学校でファッションを学ぶか、アパレルの会社で経験を積むか。河野さんが選択したのは、最短ルートであるアパレル会社での下積みでした。アパレル会社といっても、どんなブランドでもいい訳ではありませんでした。理想は、“若くて勢いがある”ブランド。そして、店舗を持たないこと。

「新卒に与えられるチャンスには限りがありますよね。大きなブランドで、店舗も持っていたら、店頭に立っているだけで歳月が過ぎてしまう。モノづくりをしている現場に、新卒という立場で入るには、若いブランドしかないと思っていました。そうして出会ったのが、『yoshiokubo(ヨシオクボ)』です」

河野さんが手掛ける『UNDECORATED』は株式会社 groundfloorが運営している。代表取締役は久保嘉男氏。

『yoshiokubo』は久保嘉男さんが2004年に立ち上げたファッションブランド。独創的でありながらも、どこか上品な佇まいを持ち合わせるブランドです。上品さの由来は、オートクチュールデザイナーの元での下積み経験。確かな洋服づくりの知識に裏付けされたデザインは、ブランド設立から20年が経った今でも愛され続けています。

そんな『yoshiokubo』に河野さんが出会ったのは、2008年。ブランド設立から4年目というタイミングでした。

「『yoshiokubo』のスポーティーなテイストと、エッジィなカラーアクセントが好みだったんですよね。半ば勢いでドアノックで面接をお願いしにいって、そのままgroundfloorに入社しました。ちょうど法人化されるタイミングで、僕は四人目の社員でした。といっても、残りの二人は久保の身内だったので、第一号社員と言ってもいいかもしれません。私の希望通り、ブランドの内部で働くことは出来ましたが、終電帰りの日々でしたね笑」

『yoshiokubo』の企画アシスタントとして、念願のアパレル業界に飛び込んだ河野さん。そこで見えてきたのは、ファッションデザイナーのリアルでした。

デザイナーは華やかでなくていい。装いを忘れて見えたきた景色

「その辺を歩いている人に、“Tシャツをデザインしてください”と言っても、無理ではありませんよね。つまり、ただデザインするだけなら、誰でも出来るんです。だから、何故このデザインになったのか、自分の生み出したものに対して必ず哲学を持つこと。そのマインドを久保から学びました」

シャツの縫製から、生地やボタンの選び方に至るまで。どんなに細かいものであっても、そこにデザイナーとしての意思を宿らせる。その地道な積み重ねは、華やかなイメージのあるファッションデザイナーとは正反対のものでした。

24AWのウールジャケット。リサイクルポリエステルを7割。ウールが3割使用されている。シワがつきづらいポリエステルと、滑らかなウール。それぞれの特徴を併せ持つ一品。

「外からだと、アーティスティックな仕事のように見えるのかもしれないですが、泥臭いことがほとんど。自分だけが着る服をデザインするのではなく、多くの人が着る服をデザインするわけですから、独りよがりでは駄目なんです。着心地はもちろんなのですが、痛感したのはお金の部分ですね。いいものを作りました。でもそれがTシャツなのに、手が出せないような金額でした…というわけにはいかないじゃないですか。手に取っていただける金額にするためには、原価をしっかりと考えなければいけない」

私たちが普段何気なく店頭で手に取る衣服は、生地メーカー、縫製工場、デザイナーなど、多くの人が関わっています。原価をコントロールしていくためには、生地メーカーや縫製工場とのコミュニケーションが必須になってくるのです。

服をデザインするだけではなく、デザインした服を送り出すための工程を掴んでいく意義は大きかったと、河野さんは振り返ります。

「『UNDECORATED』の服はすごくシンプルなので、ただ展示会で並べているだけではバイヤーの方たちの目には留まりづらいんです。だから、僕自身が口頭で説明するプレゼンテーション能力も必要。ファッションデザイナーのパブリックイメージは、ファッションショーの最後に登場してきて小走りで挨拶していく。そんな華やかなものかもしれませんが、裏方としての仕事の方が大事なんだと、ブランド運営を通じて学んでいきました」

ファッションデザイナーとしてのステップを踏んでいく中で、服との関わり方は明確に変わったそうです。

「他社の服を見る目が、完全に変わりましたね。以前は”かっこいいな”とか”着てみたいな”という感覚でしたが、今は素材や縫製の仕方を、つい確認してしまう。服を着る人間から、服を作る人間になったんだなって実感します」

その変化は、自身の装いにも表れていました。

「デザイナーズから古着まで一通り通ってきましたが、自分でブランドをやるようになってからは、常に“どういう服を作ろうか”、“どういう素材を作ろうか”、“その素材でどうやってデザインしようか”、ということばかり考えるようになって。自分の服装がどうでもよくなってきたんですよ。朝服を選ぶ時間も惜しいので、今ではほぼ同じ服を着るようになりました。今着ているこのロンTも10枚くらいあるんじゃないかな。脳のリソースを、なるべく服作りに割きたいんです」

服を作る側に回り、その奥深さを知れば知るほど、深化していくデザイナーとしての「こだわり」。その先に河野さんが見出した、”飾らない”という哲学はどのようにして生まれていったのか。

後編では『UNDECORATED』継承の話から、『とUNDECORATED』、河野さんの新たなチャレンジである『nōkostudio(ノウコスタジオ)についてお話いただきます。

後編の公開予定日は、2月5日です。

Profile

河野貴之|『UNDECORATED』デザイナー

1985年生まれ。大学卒業後、2008年に(株)groundfloorに入社。デザイナー久保嘉男の元で、yoshiokbubo/UNDECORATED MANのアシスタントを務める。2016年からUNDECORATEDのデザイナーに就任。2023年にnoko Inc.を設立。

UNDECORATED(https://undecorated.jp/

Instagram:undecorated_official(https://www.instagram.com/undecorated_official/

nōkostudio(https://www.nokostudio.jp/

Instagram:nokostudio(https://www.instagram.com/nokostudio.jp/

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