Meister
#25

漫画からオペラまで。何歳になっても創作への情熱を抱き続ける。
池田理代子のリデザイン 後編

池田理代子|漫画家・声楽家・劇作家

前編では、『ベルサイユの薔薇』連載当時の少女漫画を取り巻く環境や、情熱あふれる登場人物たちについてお伺いしてきました。

後編では、池田さんが漫画家の次に選んだ道について、人生をリデザインするためのヒントについてお話いただきました。

筆を置き、音楽の道へ。トップランナーが選んだセカンドキャリア

池田さんの作品の中でも濃密な印象を残すのが、『オルフェウスの窓』です。その窓を通して出会った男女は必ず恋に落ちるものの、悲劇的な結末を迎えるという“オルフェウスの窓”。そこで出会った男装の麗人ユリウスと、イザーク、アレクセイという2人の青年。この3人を主人公として描かれる一大叙事詩です。

ドイツの音楽学校からロシア革命まで。時代の流れとともの舞台を大きく変えていく物語の底には、常に“音楽”が重要な要素として位置付けられています。

そこには、池田さんが子供の頃に抱いた夢への熱が込められていました。

愛猫家としても知られる池田さん。飼い猫のぷにちゃんが取材陣を出迎えてくれた。

「子供のころはクラシックをやりたくって、音楽大学に入るために勉強をしていました。でも、途中で諦めてしまったんですね。ああ、自分には無理だなって。その心残りがずっとあって、『オルフェウスの窓』の初期の舞台はドイツのレーゲンスブルクの音楽学校にしました。物語は音楽学校という閉ざされた空間を飛び越えて広がっていくのですが、音楽学校時代が描いていて一番楽しかったですね。ちなみに、レーゲンスブルクを選んだのは、ヨーロッパ旅行中に偶然訪れて、とても気に入ったからです。『ベルサイユのばら』の連載当時は現地視察に行くお金もなかったので、『ベルサイユのばら』がヒットしたおかげで『オルフェウスの窓』の着想を得たといってもいいかもしれませんね」

『オルフェウスの窓』の主人公の中でイザークが唯一音楽の道を進むのですが、音楽の崇高さ・素晴らしさに焦がれながらも、そこに至れない自身の無力さに懊悩(おうのう)する姿も描かれます。

もしかしたら、音楽の道を志しながらも、諦めてしまった池田さんの姿が投影されていたのかもしれません。

ですが、諦めた夢をそのままにしておかないのが、池田さん。

『オルフェウスの窓』『栄光のナポレオン―エロイカ』の2大長編を書き上げた後、東京音楽の声楽専科に47歳で入学したのです。

「40歳を過ぎたあたりから、自分の人生の残り時間を考えるようになったんです。そして、私の中で長年の後悔になっていたのが、音楽の道を諦めたことでした。このままでは、悔いを残したまま生きていくことなる。それが嫌だったんです」

周囲のサポートで漫画家活動を休止し、池田さんは着々と音楽の道を歩み始めます。その熱量は『ベルサイユのばら』を書き上げた時と同様に、非常に高いものでした。大学入学当時は45kgだった体重を、声量を確保するために60kgまで増量。卒業後は声楽家として活動しながら、若手の歌手を支援するためのオペラ公演を自腹で行うこともありました。

演出やプロデュースまで手掛け、音楽の道でも確かな足跡を残した池田さん。その集大成として取り組んでいるのが、オペラ『女王卑弥呼』です。

「卑弥呼の物語をオペラとして書き起こしてほしい。その依頼を歌舞伎の中村福助さんから受けたのは、実は20年前のことなんです。ところが書いてみたら、規模の大きいグランド・オペラになってしまいました。色々な人が実現に向けて協力してくれましたが、予算がどうにもならなくって…でも、私ももう76歳ですから。死ぬ前に約束を果たしたいという想いで、2025年の公演を目指して動いています。まだ詳しくはお話しできませんが、私の描く卑弥呼は皆さんに受け入れてもらえると思っています。卑弥呼の言葉や性格は文献として残っていないので、ある意味架空のキャラクターなわけですから」

漫画家として積み上げてきたキャリア。その後に築き上げた音楽家としてのキャリア。二つのキャリアの協奏曲として生み出される『女王卑弥呼』は、これまでにない卑弥呼像を私たちに見せてくれるでしょう。

やりたいことをやり切ることこそが、人生をリデザインする

歳を重ねても、生に対して真正面に向き合う池田さん。その姿は、これまで描いてきた作品の登場人物のようです。音楽という別の道を歩んでも成功したのは、ひたむきに生きる姿勢が愛されているからなのかもしれません。

最後に、人生をよりよくリデザインするためのヒントについてお話いただきました。

「やりたいことを好きにやってきた人生だなって、思います。やりきったって言えるまで走らないと、絶対に死ぬ時に後悔しますから。だから小さな仕事でも、やるべきと決めたら真剣に取り組んできました。そこに迷いがあってはいけないと思います。最近の若い人たちは、自分が何をやりたいのか、何が好きなのか、わからないとよく言いますよね。でも、考えて欲しいんです。若いっていうことは、何でもやれる可能性があるってことなんです。だから、自分の好きなこと、やりたいことを、じっくりと探してみてください。それが、生きるということだと思います」

Profile

池田理代子|漫画家・声楽家・劇作家

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