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池田理代子|漫画家・声楽家・劇作家
池田理代子|漫画家・声楽家・劇作家
漫画『ベルサイユのばら』を池田理代子さんが世に送り出したのは今から50年前。当時の女性漫画家の地位は低く、原稿料は男性作家の半分という時代でした。漫画そのものの地位も低く、有害図書と見なされることもあったそうです。
しかし、若干24歳の女性が紡ぎあげた物語は史実とフィクションを見事に融合させ、日本だけではなく、物語の舞台であるフランスをはじめ、ヨーロッパや中国、韓国、ロシア、中東おいても長く愛され続けています。
『ベルサイユのばら』以後も、フランス革命後に生まれた英雄を描いた『栄光のナポレオン―エロイカ』、ロシア革命を舞台に編まれた長編『オルフェウスの窓』など、混とんとした時代を生きる人物たち描きあげました。
そんな池田さんは現在、声楽家・劇作家としての道を歩んでいます。漫画という表現方法を変えながらも、今もなおクリエイターとして走り続ける池田さんにお話しをお伺いしました。
漫画『ベルサイユのばら』が世に登場したのは、1972年4月のことでした。男装の麗人であるオスカル。そのオスカルを護衛として抱えるマリー・アントワネット。架空の人物と歴史上の人物が交差し紡がれる物語は、多くの読者を魅了しました。
そして、その物語は時代と国境を越えて、今でも愛され続けています。
ですが、連載当時は心無い批判を受けることも多かったと池田さんは振り返ります。
「漫画は有害図書である。そんな風に言われることもある時代でしたね。今のような市民権はありませんでした。少女漫画はその中でも風当たりが強く、歴史ものを書くなんてとんでもないと、出版社の方から言われるような時代だったんです。それでも、私の中には確信がありました。これは絶対にヒットするって。なぜなら、自分で原稿を描いていて、眠れないくらい面白かったからです笑」
1970年代、漫画は大きな変革期を迎えていました。1968年に『少年ジャンプ』、1969年には『チャンピオン』が創刊。それまでの3大少年漫画誌だった『少年マガジン』『少年サンデー』『少年キング』に『ジャンプ』『チャンピオン』が加わり、数々の名作が誕生。今に至るまで続く少年漫画のベースを形作っていきます。
一方、少女漫画は大きな転換点を迎えていました。それまでの主流は学園生活や恋愛をテーマにしたもの。つまり、日常生活の延長線上にあるものでした。そこから大きく羽ばたき、中世ヨーロッパやSF・ファンタジーの要素を含む作品が次々と登場していくことになります。池田さんの『ベルサイユのばら』を始めとして、1970年代に世に放たれた作品群は今もなお読み継がれていますが、当時は変革の過渡期。前例のないものに挑み続ける時代だったのです。
「実は私はずっと学者になるつもりで勉強していて、そちらにエネルギーを注いでいたんです。漫画はあくまでも生活の手段でした。漫画家でやっていこうと決心したのは23歳の時です。『ベルサイユのばら』の主人公であるオスカルの原案となったのは、1786年の7月14日に市民側に味方したフランス衛兵隊の隊長。のちに『ナポレオン』では皇帝その人を描くことになりますが、あの頃は男性を描き切る自信がありませんでした。ですからオスカルは“男装の麗人”になったんです。おかげで、私自身の考え方や生き方を彼女に反映することが出来ました」
時代に翻弄されながらも、フランス革命の時代を生きたオスカル。少女漫画の変革期を駆け抜けた池田さん。キャラクターと作者。奇しくもリンクする両者の熱が、『ベルサイユのばら』という作品を昇華させ、周囲にもその熱は伝播していきました。
それを象徴する、こんなエピソードがあります。
「物語のクライマックスでオスカルとアンドレ※が結ばれるシーンがあるのですが、親御さんたちから編集部に苦情の電話が来ました。ベッドシーンを漫画で描くなんて、とんでもないと。『ベルサイユのばら』連載前の編集部だったら、きっとその声に従っていたと思います。ところが、編集長がこう言って守ってくださったんです。“お母さん。全部お読みになってもなお、あのシーンをけしからんと思われるのであれば、もう一度電話をください”って」
※オスカルを常に見守る幼馴染であり、従者。身分の違いに苦しみながらも、彼女への愛に身を捧げた。
『ベルサイユのばら』のもう一人の主人公である、マリー・アントワネット妃。池田さんとマリー・アントワネットの出会いは、高校生の頃に読んだ伝記文学『マリー・アントワネット』(シュテファン・ツヴァイク著)でした。悪女のイメージが強いマリー・アントワネットを一人の人間として捉えなおした名著です。
「一般的に知られているマリー・アントワネットのイメージとは違う、人間としての可愛らしさや愚かさ。悲劇の渦に巻き込まれながらも強くなっていく様を描きたかったんです」
史実の人物であるマリー・アントワネット、フィクションのキャラクターであるオスカル。立場に縛られながらも、一人の人間として歩みを進めていく二人を軸に、『ベルサイユのばら』には多種多様な人物が登場します。
その中でも重要な役割を持つのが、作品と読者の架け橋となる架空のサブキャラクターたちです。
「フランス革命を目の当たりにした人々は、その行方を見守っていたわけですよね。混沌とした時代に登場したナポレオンという男が、フランスをどのような道にいざなうのか。観察している人たちが多かったはずです。そこで、『ベルサイユのばら』で7月14日を体験したアラン・ド・ソワソンを続投させることにしたんです」
池田さんのご自宅には西洋アンティークが至るところに。
オスカルに反目するキャラクターとして登場した、アラン・ド・ソワソン。ですが、オスカルの人間的魅力に触れていく内に、彼女を認め、部下として最後まで共に戦う道を選択します。オスカルの最期を看取った一人でもあり、多くの犠牲を出したフランス革命の行方を見定める役割を『栄光のナポレオン―エロイカ』では負うこととなります。
ナポレオンの部下として再登場を果たしたアランと、栄光への道を駆け上るナポレオン。オスカルとマリー・アントワネットの関係性と同じように、虚構と現実を織り交ぜながら、フランス革命の行く末が描かれていきます。
「物語の途中まで、アランはナポレオンの理解者としての立ち位置にいました。ですが、ナポレオンが皇位を望んだ瞬間に、袂を分かちます。アランはフランス革命で市民側についたキャラクターでもありましたからね。彼は歴史上の人物ではありませんが、その生きざまは自然と描くことが出来ました。私の場合、脇に登場するキャラクターたちの人生やストーリーが自ずと湧き出てくるんです」
メインキャラクターと同等の重みをもってサブキャラクターたちのドラマが展開されるのも、池田さんの作品の特徴です。幾重にも折り重ねられたストーリーラインが、クライマックスへ向けて収束。主人公や印象的なキャラクターの死など、悲劇的な末路をたどる作品もありますが、不思議な清涼感を感じることもあります。
それは、すべてのキャラクターが人間として生き切った様を描いているからなのかもしれません。
前編に引き続き、後編では池田さんのライフワークでもあった『オルフェウスの窓』、そして漫画家の次に選んだセカンドキャリアについてもお伺いします。
後編公開日は、〇月〇日です。
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池田理代子|漫画家・声楽家・劇作家