Meister
#22

オフィスアートは、より良い仕事を生み出す。
TokyoDexダニエル・ハリス・ローゼンのリデザイン 前編

ダニエル・ハリス・ローゼン|TokyoDex代表 /クリエイティブ・ディレクター

かつて、“アート”という言葉は、どこか距離を感じさせるものでした。敷居が高く、自分には縁がないもの。そう思い込んでいた方も多いのではないでしょうか。

ところが今や、いたるところでアートを目にするようになりました。前衛的なものからポップなもの。展示会はもちろんのこと、商業施設のポップアップや、街並み、そしてオフィス。十数年前までは考えられないほどに、私たちの生活の間近にアートが存在するようになっているのです。

今回取材するのは、日本のオフィスアートのパイオニアであるTokyoDexの代表ダニエル・ハリス・ローゼンさん。ダニエルさんは、アートが今ほど浸透していない時期に、アートを事業の柱として掲げてきました。

なぜ、アートを選んだのか。なぜ、日本なのか。そして、オフィスアートで企業はどのようにリデザインされてきたのか。コロナを経た後のオフィス環境づくりのヒントとともにお伺いしました。

純粋な好奇心から生まれた、日本との縁

学生時代のダニエルさん(中央)。ホームステイ先のご家族とともに。

ダニエルさんが日本に興味を持ったきっかけは、高校時代の友人からの影響でした。多感な時期に、その友人が好んで触れていた日本の音楽・文化・ガジェットに刺激を受け、いつしかダニエルさんも日本に対して漠然とした興味を持つように。

そして、関西外語大学への交換留学が、ダニエルさんの人生を大きく変えることになります。

「日本は好きだったけれど、当時の僕からしたら大冒険でした。ですから当初は1年間だけ滞在するつもりだったんです。でも気づけば、日本にいる時間が一番長くなりました。日本の文化が私の性格に合っていましたし、良い人たち、良いモノと出会えたことが大きかったと思います。その中でも印象深いものの一つが、陶芸との出会いでした」

日本留学中にアートの単位を取るために、陶芸のクラスを選んだダニエルさん。今でこそ陶芸家としての顔も持つダニエルさんですが、最初はまったく乗り気ではありませんでした。そこには、“自分はアーティストではない”という先入観があったと言います。

「ところが、ろくろに触れてみると、自分の心が形になっていくような心地よさがありました。その時まで継続するような趣味はなかったのですが、すっかり惚れ込んでしまって、時間が空けばろくろの前に座る。そんな日々を過ごしました。そしてもう一つ、僕と日本を結び付ける出会いがありました。佐渡の野外音楽フェスティバルで開催される『アースセレブレーション』※で聴いた『鼓童』の演奏に惚れ込んだんです。1995年の出来事でした」

※『アースセレブレーション』は鼓童の初代代表河内敏夫によって計画された。海外からの人気が高く、毎年開催されている。2024年は8月16日~8月18日開催予定。

鼓童とダニエルさん

鼓童にすぐコンタクトを取り、翌年からアースセレブレーションにスタッフとして参加するようになったダニエルさん。佐渡に滞在する期間が長くなっていき、1998年から2000年の間には鼓童のプレス担当として世界を巡りました。

充実した時間でしたが、ダニエルさんの中には“自分も何かを表現したい”という想いが芽生え始めます。そうして、鼓童での活動を一区切りし、ハワイ大学の芸術学部を経て多摩美術大学に入学することになるのでした。

「そこで学んだのは、粘土を“器をつくるだけのもの”ではなく、“アイディアを表現するもの”として捉えなおすこと。最初は器を作るだけと思っていた陶芸が自分の中でどんどん変わっていって、卒業制作ではインスタレーション・アートにまで昇華していました。展示に来てくれたお客さんにあえて制作物を壊してもらい、その破片でモザイクアートにするなんてこともやっていましたね。今振り返ってみると、シンプルにモノを作るだけではなく、インタラクティブ性を持たせること、誰かと一緒に作品を作ること。これらの経験が、今の仕事にも繋がっているような気がします」

日本に来てから結んだ、様々な縁。時には裏方として、時には表現者として芸術に関わってきたダニエルさん。ですが、視野が広がると同時に見えてきたのは、“芸大の学生は卒業後にアートの仕事がない”という現実でした。

行き場のないアーティストとビジネスを結びつけるTokyoDex

「アートを学ぶために大学に入ったのに、アートでは食べていけない。これはおかしいことだし、日本のマーケットが遅れているんじゃないかと思いました。アートとビジネス、この二つの業界を結びつけるために立ち上げたのが、TokyoDexです」

TokyoDexのDexは器用・多彩を意味する『dextrous』が語源となっている。

TokyoDexを立ち上げたのは2012年の暮れのこと。アートに触れる機会は少なく、アートに対する理解も低い時代でした。空間づくりやインテリアにアートを活かすという発想は馴染みがなく、広告の仕事が殆どだったとダニエルさんは振り返ります。

そんな状況が大きく変わったのは、2014年でした。

クレジット:Lorenzo Barassi

CBREは世界最大規模の事業用不動産会社であり、日本はもちろんのことグローバルにも拠点を持つ巨大な会社です。アートと距離が近い業界とは決して言えません。そんなCBREのオフィスを飾ったのは、自由な発想で描かれたエネルギッシュなアートでした。

「週が明けてオフィスに戻ってきてみれば、見ていた景色がまったく変わっている。好意的に受け取る人もいれば、そうでない人もいました。受け止め方は千差万別だったにせよ、そこから会話が生まれ、ディスカッションも行われました。オフィスにただ飾られているだけのアートではなく、コミュニケーションのハブとしてのアートを提供できたと思っています」

アートが飾られるオフィスではなく、オフィスとともにあるアート。以後、TokyoDexはオフィスアートを主軸として進めていくことになります。それは、今ほど露出の機会がなかったアーティストたちに、活躍の機会を与えるものでした。

そして同時に、アートに馴染みのない人々との距離を縮めていく作業でもありました。

アートを軸に仕事を見つめなおす。TokyoDex流のワークショップ

「自分には特殊な才能がないから、アーティストにはなれない。多くの人がそう思っているのではないでしょうか。かつては僕もその一人で、ろくろとの出会いがなければ、自分の中に宿るアーティストを見つけ出せませんでした」

自らの中に潜むアーティストと出会うために、TokyoDexではアートに焦点を当てたワークショップを行っています。アートを通じて各企業のブランドイメージを固めていくことはもちろん、ワークショップの結果を元にオフィスアートを手掛けることもあります。その基盤を形作ったのが、会計事務所・コンサルティングファームであるEY JAPANとのプロジェクトでした。

「社員の皆さんとワークショップを行い、アートを完成させる。これは、会社からアートを提供するのと違った反応を生んでくれます。EY JAPAN様からの依頼は、“自分たちの価値観を再検討するきっかけ”を作ってほしいというものでした。EYグループのパーパスは『Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して』というものです。この“より良い社会の構築”とは何なのだろうか、というディスカッションからワークショップは始まりました」

最初の反応は、戸惑いだったそうです。そこにはやはり、“自分には描けない”という先入観がありました。そこでダニエルさんは、簡単な頭のエクササイズやコミュニケーションを重ねることで、頭をフラットにすることから始めました。

「アーティストではないという気持ちをリセットしてもらった後は、本題に入るためのディスカッションを始めました。そこから出てきたキーワードを軸に、今度は各々がイラストを制作。そして、集まってきたアイディアを元にアーティストが作業に取り掛かるというわけです」

ダイバーシティをお題にイメージされた「灯台」「船」といったイメージをパズルに見立てて作られたアート。 クレジット:Nozomu Toyoshima

ワークショップで完成したアートは12メートルにも及ぶ大作に。その他のスペースにもアーティストによるアートが施されている。好評を博したため、EYJAPANの大阪支社のオフィスアートも手掛けることに。 クレジット:Nozomu Toyoshima

ワークショップに参加したことがある人の中には、“その時は楽しかったけれど、今はあまり記憶に残っていない”という経験があるかもしれません。その点TokyoDexのワークショップは、参加者が自発的に取り組めるような空気づくりから始まり、プロジェクトの一員としてのイメージを醸成します。そして最大の特徴は、成果物がアートという形で残ること。

「自分たちのアイディアが反映されたアートを目にすることで、ワークショップに参加していた時の気持ちが蘇ります。誰かと一緒に見たのなら、コミュニケーションが生まれるきっかけにもなるはずです」

TokyoDexの事業は、アートに新しい風を吹き込み、従業員の心すらも変えていく。そんな可能性を秘めています。

後編では、コロナ禍後における“オフィスの在り方”についてお話いただきました。

後編公開予定日:4月26日

Profile

ダニエル・ハリス・ローゼン|TokyoDex代表 /クリエイティブ・ディレクター

生年月日:1971年1月14日(53歳)

出身地    :アメリカ合衆国 ペンシルバニア州 フィラデルフィア市

日本のアート業界において30年以上のキャリアを持つクリエイティブ・ディレクター。

太鼓芸能集団 鼓童のロードマネジャーとして、アートマネジメントを習得。その後、ハワイ大学の美術&美術史学科を修了後、2010年多摩美術大学大学院美術研究科を修了(博士号取得)。大学院在学中より輪派絵師団のメンバーとしてアーティスト活動を行う傍、NHK、YouTube、MINI、マクドナルド・ジャパンなどのコマーシャル企画を手がける。同時に自身の現代アート制作にも励み、ホノルル美術館やアートフェア台北での展示などグローバルに活動を展開。2012年、アートエージェンシーTokyoDex設立。現在は東京を拠点に活動を行い、企業のビジョンをアートに昇華させるプロジェクトや、ドイツ大使館、経済産業省、慶應義塾大学、Google、GREE、サッポロビールなどといった幅広い組織へ向けたコンテンツ提案を通して、アートが持つ可能性を広げている。

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